まなび場ブログ

若い人たちとの対話

“うまい”なんてほめ方じゃダメですよ

 まなび場で、いつも絵を描いている中学生がいた。美術の方面に進みたいとも思うけれど、「私は絵が下手だからダメなんです」と進路に自信が持てない。僕から見るとすごくうまいので、素朴に「絵、うまいじゃない」と僕は言った。すると、横で聞いていた他の子が、「“うまい”なんてほめ方じゃダメですよ。どこが、どんな風にいいかを言わないと」と言う。紋切り型のコトバで人を肯定しようとしても、かみ合わないのだ。

 

 自分が思ったことをすぐに口に出してしまう人がいた。一生懸命お化粧をしている女子高生に向かって、「顔が可愛くないのに」などと平気で言うので、トラブルが絶えない。だから、思ったままを口に出すのはこの人のマイナス面だと、まわりは思っていた。でも、みんなが言いたいけど言い出せないことがあるとき、遠慮せずズバっと言ってくれるのもこういう人だと分かってくる。思ったままを言うことにはプラスの面だってあるのだ。

 ところで、この人のことをよく知らない人の中には、こういう話をちょっと聞いて、思った通りを言うという特性はマイナスではなくプラスなのだと言う人が出てくる。そんなに単純なことではなく、人との関係がギクシャクして本人は困っているのである。入り組んだ現実の中のプラス面だけしか見ないと、その人の全体をつかみそこねてしまうのではないか。

 子どもと長く付き合っていると、はじめはマイナス(短所)としか感じられなかったことが、プラス(長所)とも見れることに気づくことがある。でも、さらに付き合いが深まっていくと、マイナスとかプラスとか考えずに、その人はそうでしかありようがないのだし、それがその人の味でもある、という風に感じられるようになることもある。もちろん、何かの基準に照らして考えたときにはプラスとかマイナスとか言えるわけだが。

 

 僕が中学生だった時、美術教師と間でのこんな思い出がある。自分でも気に入った作品が仕上がって教師に見せに行ったのだが、作品を見て教師は「幸君は、美術が本当に苦手なんだねえ」と言うのだ。この“苦手”という言葉の意味が僕には分からなかった。今にして思えば、「え?そうですか?僕は結構いいと思うんですけどねえ」と、思った通りを教師に言えば、どうして苦手と感じたかその中身を教師は話してくれたかもしれない。でも、僕は黙っていたので、会話はそこで終わってしまった。

 

 下手/うまい、マイナス/プラス、苦手/得意…。あれかこれか二者択一で現実をスパッと分ける言葉は、相手の気持ちから遠いところから簡単に言えてしまうし、中身が曖昧だったり一面的だったりしがちだと思う。そして、違う風に感じている人とのコミュニケーションを入口で閉ざしてしまうこともある。

 自分がどのように感じているかをできるだけ具体的に相手に投げかけてみて、話し合いの中で、自分の言葉が相手の気持ちや現実からどのようにずれているか探っていくことが大切なのだろう。